大分でお世話になった皆さまへ

麦畑は鹿児島であまり見ないため感動した!

 

 

大分でお世話になった皆さま

今まで本当にありがとうございました!

また機会がありましたら

どうぞ引き続き宜しくお願いいたします。

 

ダマリが大分移住時に書いたブログ。

大きく分ける大分。ターニングポイント?

 

大分は、自分にとって

きくかれる人生の

ターニングポイントだと

なんとなく感じていました。

 

転居した年に40歳を迎え

人生の折り返しをスタート。

仕事、結婚、出産、子育てを通じ

沢山の方と出会い

素敵な大分LIFEを

過ごすことができました。

 

大分は良いところです。

海も山もあり食べ物が美味しい。

温泉も泉質が豊富だし

色々な場所で癒されました。

 

福岡に近いのも

仕事をするのに絶好の場所でした。

杵築市はソニックが停まるので

とても便利が良かったです。

 

そして何より

大分の女性はパワフルな方が多い!

みなさんに刺激を毎回いただき

ダマリの動力になっていたと思います。

 

大分はダマリの息子にとって

生まれ故郷となります。

もう少し大きくなったら

生まれた病院や保育園を

見せに連れてこようと考えています。

 

実は思い残すことが

一つだけあります。

それは「別府地獄めぐり」を

一度もしていないことです(笑)

 

でもそれは、息子が大きくなった時に

一緒にめぐるため楽しみに

取っておこうと思います。

 

本当にありがとうございました。

みなさん、また会う日まで。

どうぞお元気でいらしてください!


ダマリ中学時代の恋味

 

スーパービッグチョコ。

これこそが

ダマリ中学時代の恋味。

 

ダマリが中学1年の時

1学年上のY先輩に恋をした。

野球部のピッチャー。

背が高くて布袋寅泰に似てるw

体育祭フォークダンスの

入場ペアになったのがきっかけ。

 

ダマリの実家はド田舎。

ダマリが住んでいる区域には

唯一学生が買い食いできる

店が一軒あった。

その名も「松田商店」

ここに皆んな買いに来ていた。

 

同じ区域に住んでいた

Y先輩とは遭遇することも

しばしばあったし

先輩の妹と同級生だし

犬の散歩時にすれ違う事もあった。

 

そんなY先輩が松田商店で

よく買っていたお菓子が

「スーパービッグチョコ」

ダマリも真似をして

よく買っていた。

 

あれから30年。

時々お店でこのチョコを見かけると

Y先輩を思い出す。

先輩、今も食べてますか?(^^)


藤井先生お元気ですか?

 

ダマリが小学5・6年の2年間

担任だった藤井先生。

男の先生でメガネをかけて

少しだけ厳しいイメージ。

冗談が冗談に聞こえないタイプw

 

小学5年の時に両親が離婚。

ダマリは、寂しさを紛らわせるかのように

当時、伝説のアイドルグループ

光GENJIにどハマりしいていた。

 

雑誌の切り抜きを大学ノートに貼って

スクラップし仲間に見せたり

休み時間といえば、廊下や光庭

(教室の横にあった倉庫みたいな部屋)で

光GENJIのダンスを練習したり。

 

勉強はあまりしなかった。

成績も落ち始め

藤井先生に「どうした?」と

呼ばれたこともあった。

 

藤井先生は、とにかく

光GENJI熱をどうにかしたかったようで

切り抜きスクラップの

「持ち込み禁止令」を出してきた。

 

あの当時は、光GENJIに理解がない

うるさいクソジジイだと煙たがっていたが

今思えば、いつだって声をかけてくれて

いつだって構ってくれてた。

と気づかされる。

 

光GENJIの歌詞で

意味がわからない英語を

訳してもらったり

先生手作りの国語問題プリントに

光GENJIの単語を入れて

喜ばせてくれたり。

 

そういえば、「弟と一緒に家に遊びにおいで」

と呼んでもらったことがあったっけ。

美味しいケーキとジュースを

出してもらった記憶がある。

 

藤井先生は

離婚した家庭環境にいるダマリを

心配してくれていたんだ。

そんなことに

ようやく最近気が付いた。

 

この季節になると思い出す。

小学校の卒業式。

ダマリは大泣きした。

藤井先生と握手をして

大泣きした。

 

卒業式の退場曲に

光GENJIの「Graduation」をかけてください!

と藤井先生にお願いしていて

「ダメだ」と言われていたのに。

当日は、「Graduation」を

退場曲にしてくれた。

 

子どもには、大人の目が必要で

大人の声かけが必要だと本当に思う。

あの時、藤井先生じゃなかったら

どうなっていただろうか。

 

藤井先生は

あれから校長先生になったと聞いている。

いつの日か

一緒にお酒を飲みたい。


地球に恩返ししながら生きる

©︎Damaphoto Bolivia_Isla Incahuasi

 

ゴミ出しの時。

冷たい空気が心地よくて

今日も生きていることに

感謝した。

 

上を向けば青空が広がり

白い雲は流れ

太陽が光を世界中に

届けてくれている。

 

新型コロナウイルスで

あれこれメディアが

相変わらず騒がしい。

だけど自分はいたって平和ボケで。

 

スマホをいじり

美味しいコーヒーを飲み

仕事をして海外ドラマをみて

息子の笑顔に癒され。

 

この何気ない日常を

過ごせるのは

全て地球のおかげ。

 

ゴミ出しをするたびに

「あぁ。。。またこんなにゴミを出してしまった」

と思ってしまう。

 

人間は自分たちの欲求を満たすため

様々なものを生み出す。

そして捨てる。

二酸化炭素やダイオキシンが

地球を汚していく。

 

地球に生かされているのに

地球を汚して、壊している。

 

恩恵を受けているのだから

恩返しをしながら生きなくちゃ。

最近、そのためには

何ができるのだろうと

色々考えている。

 

自分にできることは

エコ生活。

昔ながらの生活。

なかなか難しいけど

少しずつやっていく。


苦しみこそ生きている証



苦しみ。
悩んで、落ち込んで、自分だけが
不幸のドン底に突き落とされ
周りの人達が皆幸せそうに見える。

なぜ、自分だけ?
考えれば考えるほど
苦しみもがき、負のスパイラルに
どんどん陥る。

ある映画の主人公。
苦しい戦いの日々から
ある日、平和で穏やかな
全く不自由のない生活を送ることになる。

でも結局、主人公は
その平和で穏やかな日々に不満を持ち
再び戦いの生活に戻る事を選ぶ。
平和で穏やかな日々は退屈で
死んでいるようだ。と言う。

ダマリは深く共感し
その反面、自分ってサイコだな。と思った。
平和に穏やかに日々を過ごした方が
良いに決まっているのに
どうしても刺激を求めてしまう。

「生きている」という感覚を
とにかく感じたい。

戦場にいたことがないから
こんな甘い考えになるのだろうが
実生活において
「生きている」感覚を持つのは
苦しみにある最中だと思う。

不自由で八方塞がり
誰も頼れず、自分の判断次第。
精神的に追い込まれ
心拍数があがり、過呼吸になる。

苦しくて、辛い時。
その痛みを感じている時
まさに「生きている」から
感じる痛みなのだ。と。

新型コロナウィルスに
ビビりまくって
情報に躍らされ
中国人を差別している
ぬるま湯チャッぽんの
多くの日本人。

日々が緩すぎる。
個々の危機管理がない。
他人に頼りすぎ。
闘う術を持て。

生きてる。って感じてる?

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プロフィール

グラフィックデザイナー・ダマリ
鹿児島県出身。趣味・乗馬、弓道弐段、フルマラソン3回完走、調理師免許取得、海外渡航22ヵ国。広告制作会社、新聞社等デザイン歴20年。2020年8月でデザイン屋Damalish.com5周年。夫32歳、息子1歳、黒猫14歳と暮らす。
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