完璧などない。だから、人に投げよう。

 

ダマリは、数年前まで「完璧主義者」だった。

これは、デザイナーをやっていく上で、とても厄介なもの。

完璧主義といのは、単なるエゴで、自己中と言える。

 

デザイン会社に勤めている頃から、

「お前は良いデザインをするが、時間がかかりすぎる」と言われていた。

この頃の自分は、単に自分は技量がない。と思っていたが

今思えば、「完璧」を目指すあまり、ゴールが見えず時間が足りなかったのだ。

 

このやり方は、かなりナンセンス。

自分の中で、あーでもない。こーでもない。と、考え込んで

時間ばかりが過ぎていく。

 

独りよがり。。。。

 

意味もなく徹夜をして、自分自身が疲れ果て

時間をかけて提出したデザインも、却下されたら

元も子もない。

 

過去のダマリに言ってやりたい。

「さっさと、人に投げろ!」

 

とりあえず、形がととのったら、人に投げよう。

一緒に仕事をしている仲間。クライアント。

途中で投げなくちゃ、その方向があっているかどうか分からない。

 

悩んでいても、時間ばかりが経過して

答えは見出せない。

 

今のダマリは、完璧を求めていない。

とにかく、一度全体が完成したら、投げる。

それで案外スムーズにいくものだ。

 

投げたものが間違っていたりしても

そこで、方向性が確定する。

 

クライアントに、思いとは逆の切り口を提示して

「こんなデザインにしたい」よりは「こんなデザインにはしたくない」を

聞き出せた方が、明確でわかりやすい。

 

人に投げて、前に進むことが

なにより大切だ。


この時期の朝、クロネコバイトを思い出す

 

 

母が亡くなった年の夏。

ダマリは、実家で3ヵ月ほど心の修復をしていた。

 

デザインの仕事も今よりだいぶ少なくて

「短期集中バイトないかなぁ〜」と新聞をみていると

実家の町にあるクロネコさんが、夏の短期バイトを募集していた。

 

夏は、お中元などのギフトが増加するため

その振り分け作業補助のバイト。

朝の6:00~9:00までの3時間。7月中旬から8月中旬お盆前まで4週間。

 

 

AM6:00

 

朝、出勤するとクロネコ倉庫内に、カートに沢山の荷物が積まれている。

それを、伝票の住所をみながら配達区域ごとにホイホイと分けていく。

ベテラン10年選手Sさんが「A」「B」と区域を言って荷物を渡してくれるので

それを受け取り、カートに振り分けていく。

 

Amazonやzozotownの箱が多かった!

ま、箱だけ大きい見掛け倒しが多かったけど。

 

一番嫌だったのが、水とゴルフバッグ。これが重い!!

あとは、お中元ギフトの果物は、慎重に取り扱った。

 

そして、他の区域と違う特殊なものもあった。

実家がある町は、鹿児島空港があるので

空港関連の荷物も多い。

 

旅人の旅行バッグ、ゴルフバッグ。

お土産屋の商品、飛行機などの部品や機材。

 

 

AM7:00

 

社員さんたちは、7:00頃出勤してくる。

各自配送車を倉庫に横付け。

そこへ、仕分けしたカートをガラガラと運ぶ。

 

車に積み込むのもお手伝い。

積み込みの際に、配達伝票を1枚ずつはがす。

地域ごとに伝票をわけて、ドライバーへ渡す。

荷物の積み方も区域ごと、住所ごと。

 

だいたい車に全員が積み終えたぐらいに、

冷蔵、冷凍のものを素早く仕分けして、クーラー便の車に載せる。

結構この仕分けが、涼しくて好きな時間だった。

 

 

AM8:00

 

全ての仕分けが完了した8:00頃。

倉庫の清掃をする。ひととおり、倉庫内を掃く。

その間、社員さんたちは社訓を唱えたり、体操や、ミーティングをする。

 

 

Before AM9:00

 

だいたい、9:00までには、社員さんたちは配送へ出発。

「いってらっしゃい!」と朝日に向かう配送車を送り出す。

なんだか、この光景が誇らしげに感じた。

社員さんたちが、すっかりTOKIOに見えていたwww

 

9:00までに少し時間があまると、破損している荷物や誤送されてきた荷物を仕分けしたり、

事務所から送る荷物のダンボールを用意していた。

ダンボールの種類が沢山あるため、結構大変。

 

そして9:00。タイムカードを押して「おつかれさまでした〜!」

 

 

まとめ

 

ダマリは、朝が苦手なタイプ。無理やりクロネコバイトをすれば

強制的に起きざるを得ないし、朝から体を動かしてダイエットにもなる!と

思い切ってはじめてみた。

 

朝5:00に起床だなんて、ダマリにとっては奇跡に近い。

だけど、愛猫ヒラが、夜明けと共にニャ〜ニャ〜言い出すので

いい目覚ましがわりだった。

 

おまけに、早朝バイトは朝の短時間で稼げるし

帰宅しても、まだ9:00台。

朝から時間を有効に使えるって、本当に良い。

 

だけど、短期間だからきちんと続けられた。

これが、冬のお歳暮仕分けだったら

外は暗いし、寒いし、起きられない………。

 

夏になると思い出すエピソードだ。


幻の珈琲コピ・ルアックとパッションフルーツ

 

ちょっと汚い話になるかもなので、

食事中や、読みたくない方はご遠慮くだされ。

 

ダマリは、中学校の頃

奄美の祖母から幻の珈琲の話を聞かされたことがあった。

祖母曰く、猫の「フン」からとれた豆で珈琲を作るとか…………。

 

その衝撃的な話を、ずっと憶えていて

あるとき「かもめ食堂」という映画を観たときに

この珈琲が登場して驚いた。

 

幻の珈琲の名前は「コピ・ルアック」

インドネシアのマレージャコウネコが珈琲豆の実を食べて、

それがジャコウネコのお腹の中で程よく発酵して

それが排出されたものが、高級珈琲豆となっているのだ。

 

一度取り寄せて、コピ・ルアックを飲んでみた。

酸味があるのかな?と思いきや、そんなことはなく

深みのある香り高いとても美味しい珈琲だった。

 

ま、こういう前置きがあり。

 

 

この間、奄美の友人からパッションフルーツが送られて来た。

パッションフルーツの食べ方を知らない人が結構多い。

中には、種が沢山入っているが、これは、出さずにチュルチュルっと丸ごといただく。

 

毎日2個ずつは食べているダマリだが、

パッションフルーツを食べていることを忘れてトイレに行き

ウン○を出すとビックリした。

 

なんだか、黒い塊が数粒あるのは、なんだ!!!???

病気?何食べたっけ?

あ!!!パッションフルーツの種か!

 

そこでダマリは、コピ・ルアックの珈琲豆を思い出した。

パッションフルーツの種を食べるときは、ほのかに緑色である。

それが、ダマリの体内で発酵して、黒くなって出て来た。

 

ん〜〜〜〜〜〜サイエンス!!!

以上w

 

追伸)高級珈琲豆コピ・ルアックを大量生産しようと、ジャコウネコの乱獲がある背景がある。

これを知ってから、飲む気にならない。人間て、ほんとに、愚か。


ぷー太郎の時にハマっていた「ぼくのなつやすみ」

 

蝉が鳴きだし、草いきれが立ち込めると

ダマリが必ずと言って思い出すのは

プレステのゲーム「ぼくのなつやすみ」だ。

 

東京で5年務めたデザイン会社を辞めたあと、

しばらく、ぷ〜太郎をエンジョイしていた。

その時に、朝から晩まで夢中になっていたのが「ぼくのなつやすみ」。

 

「ぼくのなつやすみ」は、10歳の少年が親戚の家で夏休みを過ごす。という

とってもシンプルなゲーム。

 

朝起きてラジオ体操、あさがおの水やり。

昆虫採集や、虫相撲、魚釣りを楽しんで、1カ月を過ごす。

1日の終わりには、絵日記を書いて終了となる。

 

画面から溢れる田舎の風景が、とても美しくて

蝉や蜩、様々な虫の音、川のせせらぎ、花火などなど

サウンドもとても癒される。

 

時々、田舎の道をずっと一人で歩いたり走ったりしていると、

遠くまで一人で冒険しに来てしまった好奇心と恐怖が入り混じって

ゲームをしている自分自身が、本当に、ゲームの「ぼく」になってしまって

ゲームだかリアルだか、分からなくなったりしていた。

 

都会の中の小さなアパートで、ゲームだけをひたすら楽しむ毎日。

クソ忙しいデザイン会社を辞めた後の反動は、グータラなゲーム三昧の日々だった。

でも、このゲームのおかげで、一つの夏の思い出のように、懐かしく思える。大切な思い出の一部だ。

 


小学5年から中学3年まで光GENJIを学校で使い倒す

 

以前からダマリはブログに書いているが

小学5年から、高校1年まで、光GENJIの大ファンだった。

田舎もんだったため、コンサートには一度も行ったことはない。

 

が、離婚して離れて暮らしてた母が

光GENJIのカセットテープ(のちにCD)、ビデオテープを購入して送ってくれていたため

常に光GENJIの波に乗っていた。

 

そんなダマリは、学校にまで光GENJIを導入し

先生たちを困惑させていた。

 

 

●小学5年

アイドル雑誌の「平凡」「明星」などの付録だった歌詞ブック。

光GENJIのデビュー曲である「STAR LIGHT」の歌詞の英語の意味を知りたくて

担任の先生に、聞いていた。「勉強もそのくらい真剣になってくれ」と言われた始末。

 

先生は、そんなダマリを見兼ねてか、

国語のテストでこんな漢字の問題を出してくれた。

 

問1 あの人は、諸星和己に(に)ている。

 

この問題を出してくれた先生の気持ちがとても嬉しかった。

 

図工の作品も、全て光GENJIモチーフで作成し

次から次に、光GENJI作品が増えていった。

 

クリスマス会の出し物も、クラスの発表会も、全て光GENJI。

もちろん、自分たちで7人のグループを作り、休み時間にはダンスの練習。

 

光GENJIが一度だけ鹿児島にコンサートにきたことがあり、

空港に光GENJIがくる!という情報が飛び込んできた。

空港は、走って5分位の場所にあるため、近所の仲間を集めて走って見に行った。

が、結局会えなかったけど………。

 

雑誌の切り抜きをスクラップして、みんなに見せていた。

「そんなものは持ってくるな」と先生に言われていたけど、続けていた。

最終的に30冊くらいになった。

 

 

●小学6年

小学5年の時の担任が引き続き担任となり、

家庭訪問で、ダマリのポスターだらけの部屋を見た先生は絶句。

「ちょっと減らした方がいいんじゃないか?」と言われたっけ。

 

そして卒業式。

光GENJIの名曲の中に「Graduation」という卒業の曲があり

これをどうしても、卒業式に流してほしい!!!と担任の先生にお願いした。

最初は断られたけど、結局、卒業生退場の曲に「Graduation」が流れ、ダマリは大号泣。

体育館出口に、担任の先生が立っていて、ニコニコしていた。ありがとう先生。

 

 

●中学1年〜中学3年

ダマリの頭の中は、とにかく光GENJI一色で、

小学5年ごろから描き続けていたマンガには、光GENJIのキャラしか登場しなくなった。

 

光GENJIファンを次から次へと増やし、

ダマリ家でビデオの上映会をよく行なっていた。

みんなでキャーキャー言って楽しんでいた。

 

そして何より、中学3年の体育祭で、中学の女子全校生徒で創作ダンスをするのだが

その創作ダンスのリーダーとなり、光GENJIの曲を採用。

おまけに、中学3年の応援団長となり、応援合戦の曲にも光GENJIの曲を採用という

今思えば、どこまで光GENJIを学校で使い倒すんだ!?という勢いだった。

 

音楽の先生にも光GENJIを聞かせ、「ボーイソプラノが綺麗だねぇ」と言われ

自分のことのように嬉しかった事を思い出すw

 

そして、もちろん中学の卒業式にも光GENJIの曲を使用。

卒業生退場の曲には採用してもらえなかったが、式の間に流す曲に紛れ込ませた。

 

 

今現在、ダマリ41歳。

あれから30年も月日が流れているけど、相変わらず光GENJIをBGMにして仕事をしたりする。

そして、1曲1曲に思い出があり、仲間のこと、先生のこと、

学校で過ごした日々を思い出しては心が穏やかになる。

 

いつかTVで7人が揃って登場することを願って。


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プロフィール

グラフィックデザイナー・ダマリ
広告制作実績6000件。鹿児島県出身。趣味・乗馬、弓道弐段、フルマラソン3回完走、調理師免許取得、海外渡航22ヵ国。広告制作会社、新聞社等デザイン歴20年。2018年8月でデザイン屋Damalish.com3年目。現在、大分県にダーリン、黒猫と在住。
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