ただひたすら種を撒き続けよう

 

最近、心がざわつく。

妊娠の不安から来ているものなのだろうか。

Macの前に座り続けるのも、今はなかなか難しい。

 

あれも、これもしなくちゃ。と、気持ちばかりが焦る。

来年の今頃は、トンと仕事がなくなっていたらどうしよう‥‥‥‥

 

そんな自分にとにかく言い聞かせているのは

「今、できることをしよう!」

「ただひたすら種を撒き続けよう」だ。

 

やる気がでないのは構わない。

だけど、一歩でも前進して1日を終えよう。

何もしないのが、一番よくない。

 

こんな自分に喝を入れるために、

来月10月10日に開催されるデザイン展「Design Cafe 4」に

出展することにした。

 

それに合わせて、展示物を考え用意する必要がある。

そして、新しいセルフマガジンを展示会に向けて制作することに決めた。

こうして、自分を追い込む。

 

展示会に参加しなくても、新しいセルフマガジンを作らなくても

誰も何も言わない。

だけど、種を撒き続けなくちゃ、ダマリの畑は枯れてしまう。

 

なんでもいいから、やり続ける事。

少しづつ、少しづつでも何かアクションをおこして

毎日を過ごしていけば、未来は明るい。

 

そう言い聞かせて、自分を奮い立たせている。


母子手帳で想うこと

 

母は、2016年に亡くなった。

妊娠した今、とても母が恋しくなる。

妊婦検診で、母親と来ている妊婦さんたちがとても羨ましい。

 

今、NHKで放送されているドラマ「透明のゆりかご」。

毎回、色々なことを考えさせられるし、ジャストタイムリーだから

人ごととは思えず、感情移入して泣きながら観ている。

 

その中で、母子手帳を題材としている回があり

母子手帳に沢山思いを書き込んでいる妊婦さんの姿が描かれていた。

「私は、何も書いてないなぁ………」

 

やっぱり、将来子どもが大きくなった時に

母子手帳を開いて、母親の書き込みがあると、とても嬉しいと思う。

私も、この間、実家に帰省した時に、母の母子手帳を手にした。

 

中を開いても、日記的な記録は何も書かれていなくて、検診の数値ぐらいだった。

まあ、それでも、母が検診の度に、この母子手帳を持っていたのだなぁ。と思うと

この一冊がとても愛おしい。

 

なるべく、記入できるところは記入することにした。

そして、この一冊を成人の日に渡したい。

そう思う。


ダマリの初バイト「ぶどう売り」

↑大分県日出町「大神ファーム」のヨーロッパ山ぶどう

 

 

先日放送された、「マツコの知らない世界」で

「ぶどうの世界」というのがあり、

ダマリの人生初バイトは、「ぶどう売り」だったことを思い出した。

 

ダマリの初バイトは、高校生の時。

保育園から高校まで、ずっと同じ学校に通っていたYちゃんの実家がフルーツ農家で、

夏休みになると、Yちゃん家の販売所でブドウを売っていた。

 

1日の流れはこんな感じ。

 

朝摘みされたブドウが、ブドウ畑にケースいっぱい並んでいて、

それをYちゃんのお母さんとトラックに詰め込んで

販売所に運ぶ。

 

販売所で、ケースからブドウを手に取り出し一つ一つ綺麗にしていく。

腐っている実を取り除いたり、枝を切ったり、見栄え良くする。

綺麗にしたブドウを、セロハン袋に包む。

 

ブドウの種類は、巨峰・デラウエア・ペリーA・キャンベル。

5kgの箱を作るため、包んだブドウを秤にかけ、5kg測る。

そして丁寧に箱詰め。

 

もちろん、この作業は販売の合間にしていく。

鹿児島空港が近い場所にあるYちゃん家の販売所はお客さんが多い。

箱買いしていく人はラクだったけど、量り売りで買っていく人は面倒だった。ww

 

そして、販売所から遠くへ送る人もいたので、

「デラウエアとペリーAを5kgの箱で詰め合わせをしたものを10箱送って」

という人も沢山いた。送るブドウは、しっかり目の房を選んで詰めた。

 

送る分も16:00頃に来る配送業者さんに合わせて作らねばならない。

結構忙しいバイトだった。

でも、Yちゃんと一緒だったから楽しかったなぁ。

 

そういえば、この販売所のめっちゃ近くにラブホテルがあって、

Yちゃんと昼休み時間を利用して、入り口まで冒険したことがあった。ww

面白かったなぁ(^^)

 

バイト代は、いくらいただいていたのか思い出せないけど、

自分で稼いだお金というのは、やはり重みがある。

好きに自由に使えるし、いくら残すか考える。とても貴重な体験だった。


海外旅行あるある「お土産」

 

いつも同じことを繰り返してしまう。

自分はバカだと思う。

 

タイトルは「海外旅行あるある」と書いているが

国内旅行でも同じことが発生する、

「お土産」について。

 

観光地に行くと、ありとあらゆるものが売られていて

より良いものを安く手に入れるか。

みんな、それを考えるだろう。

 

結論を言えば、

行った観光地で入手する。良いと思ったものは、そこで購入する。

それが一番失敗がない。

 

「今、ここで買わなくても、もっと良い店があるのでは?」

「もっと、安い店があるかもしれない」

こういうことを思っているうちに、チャンスを逃し

結局、空港でめちゃくちゃ高いお土産を購入することとなる。

 

ぼったくりが一番ひどいのは、空港だ。

何もかもが高い!too expensive!!

これは、どこの国でも言える。

 

インドに行った時は、相当後悔した。

ジプシーや売り子さん、足がないおじさん、顔をひどく火傷したお母さん。

その人たちから、たくさん購入すれば良かった。

 

なんで、空港で高価なお土産を買わねばならない。

そりゃ、品は保証されていて良いものかもしれないけど、

ガネーシャの像や、色々な神様グッズ、紅茶、パシュミナ、サリー。

金額が二倍、三倍、それ以上のものばかり!!!

 

おまけに、空港でお土産を購入すると

その場でパッキングをしなおすという手間がかかる。

帰国するときの、あの疲労感の中で、パッキングをしなおすのは、面倒だ。

 

やはり、テンション高めの旅行の最中でお土産を購入して

綺麗にパッキングして、帰りの空港では全部荷物を預けて身軽が良い。

そして、優雅に旅の余韻にひたり、ビールかワインでくつろぎたい。

 

次に行く国では、そうしたいものだ。


奄美大島【カトリック西阿室教会のマリア観音像】

ダマリは、鹿児島県奄美大島に約11年間住んでいた。

島に移住した当初、車で島中をあちこち回って探索した。

中でも、カトリック教会巡りは、なかなか楽しいものだった。

 

教会巡りにハマっていたある日、「珍しいマリア観音像がある」と、

カトリック古仁屋教会の神父さんから聞いた時は、

もう冒険魂がうずきまくった。

 

あまり知られてはいないが、奄美大島は、カトリック教会が多い。

現在、奄美大島にあるカトリック教会は31カ所。

なぜ、ここまでカトリックが浸透したのか?

 

西南戦争で鹿児島県側が政府に負けると、ようやく島の黒糖も自由に売買できるようになったが、

その後も県や警察によるさまざまな圧力を島民らは受けてしまう。

万民は平等という「西洋思想」に、島出身の有力者らはキリスト教に期待を寄せた。

 

プロテスタント、ロシア正教など

キリスト教各派が鹿児島県本土を既に布教していたが、

奄美からの要請にいち早く応じたのがカトリックだったようだ。

 

母が幼い頃の話を聞くと、教会にいけば必ず食べ物を食べることができたそうで

学校が終わると、教会へ遊びに通っていたそう。

母の兄弟も皆、洗礼を受けている。

 

ダマリが奄美に住んでいた頃、奄美で一番大きい「カトリック名瀬聖心教会」が近くにあり

朝、教会の鐘が鳴り響くのがとても好きだった。

そして、苦しくなった時はいつも、教会にかけこんで、精神を落ち着かせたものだ。

 

「マリア観音像」は、奄美大島本土から、さらにフェリーで渡った

加計呂麻島の西阿室集落の教会にある。

さっそく、行ってみることに。

 

 

奄美の教会、特に集落の教会は閉まっていることが多い。

この日も開いてないかもな。と思ったが、扉は開いていた。

 

 

小さい教会だけど、とても素敵。

カトリック古仁屋教会を訪れた際に、神父さんから、こう教えてもらっていた。

「入って右側に、赤い布を被ったものがある。そこに、マリア観音像はいるよ。」

 

ダマリ「布をとって、見てもいいのですか?」

神父「出して、かまわないですよ。ちゃんと元に戻しておいてくださいね」

 

その会話を思い出し、入って右側の赤い布を確認した。

 

 

赤い布をとると、マリア観音像が眠る真鍮の入れ物が。

ダマリの心臓はバクバクである。

 

 

パカッ!

 

 

すごい。なんて美しいのだろう。

 

このマリア観音は、日中戦争に従軍した池田之応氏が

昭和18年に中国より帰国する際に持ち帰った、陶器製の子持ち観音像。
池田氏はその観音像を持ち帰り、部屋に飾っていた。


すると、西阿室集落の占者・禱直清氏が「この像を譲ってくれ」と望み、

占いの折に霊力を受ける神として拝んでいたようだ。


そんなある日、禱氏の養女の夢の中にこの像が現れ、

「マリアでござる、マリアでござる」と言ったそうで。

 

禱氏は奄美大島の名瀬に赴き、カトリック教会を訪ね、ジェローム神父に西阿室への布教を願い、
昭和30年、ジェローム神父は西阿室で宣教を始め、今に至るそうだ。

 

 

この、マリア観音像を拝みにいった際の裏話がある。

ここへは、同じ会社の仲間2名と、アルバイト生の男の子1名、ダマリの4名でドライブがてら来た。

ダマリは、バイト生に片思い。ダマリ31歳、バイト生20歳の夏。

 

マリア観音像を拝んだ後、教会を後にしながら、こう思った。

「○○くんと付き合って、ここで結婚式できたら、なんてロマンティックだろうか」

11歳年下のバイト生と、付き合うなんて想像もできなかったけど。

 

このマリア像を拝んだ時から2年後、彼と私は付き合いはじめ

そして、今現在に至る。

 

もしかしたら、このマリア観音像がキューピットかもしれない。


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プロフィール

グラフィックデザイナー・ダマリ
広告制作実績6000件。鹿児島県出身。趣味・乗馬、弓道弐段、フルマラソン3回完走、調理師免許取得、海外渡航22ヵ国。広告制作会社、新聞社等デザイン歴20年。2018年8月でデザイン屋Damalish.com3年目。現在、大分県にダーリン、黒猫と在住。
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